螺旋 構造に包まれる抽象美術たち・グッゲンハイム美術館

その壮観ぶりに度肝を抜かれてしまうフランク・O・ゲーリーの代表作でもある建築物としても有名なビルバオ・グッゲンハイム美術館。現代美術ファンのみならず、建築ファンの方にも聖地と言える美術館です。そのあまりにも存在感のある建物がなぜ、ビルバオに建てられたか、また構造のことや建築家ゲーリーの素顔にも迫り、現地でより楽しめるよう私がお手伝いします。

グッゲンハイム美術館ができた経緯と展開

ソロモン・R・グッゲンハイム財団は1937年、ニューヨークにグッゲンハイム美術館を建設して以降、1980年にはヴェネツィアに「ペギー・グッゲンハイム・コレクション」を、またドイツに「ドイツ・グッゲンハイム・ベルリン」を運営するようになりました。そうした世界分館構想の流れの中で、1991年にスペインのバスク州政府が財団に、ビルバオの老朽化した港湾地区にグッゲンハイム美術館を建設することを提案します。

工業都市としてスペイン屈指だったビルバオが1990年代以降に衰退してしまったため、これは政府にとって経済を再び活性化させるための一つの賭けだったと言えるでしょう。政府は建設費用、作品新規購入費用、一回ごとの展示会費用、年間予算補助など請け負うことを承諾、グッゲンハイム財団がそれに対し美術館の管理と、財団が所蔵する作品の一部を回して特別展を開催することを承諾することで、ビルバオ・グッゲンハイム美術館の構想は進展することになります。

そして財団は美術館の建築デザインに、見たこともないユニークさと、ニューヨークのグッゲンハイム美術館の吹き抜けのような印象的空間とを求めて、建築家を選出するコンペを行いました。

建築物の特徴、構造

ドイツで少人数によって行われたコンペには、スペインで人気のあった日本人建築家、磯崎新、オーストリアの設計会社ヒンメルブラウなどが参加していましたが、最終的にはアメリカ人建築家、フランク・ゲーリーの設計が選ばれました。「建築家にとってのノーベル賞」と呼ばれるプリツカー賞を数年前に受賞したばかりのフランク・ゲーリー。美術館を設計するのは初めてでしたが、財団の求めていた革新的デザインを見事に表現します。

「曲面の無規則性が光を集めるよう設計した」「どこまでグニャグニャにできるか」とゲーリー本人が述べたように輝くチタニウム、ガラス、石灰岩の、まるで生き物のような動きを感じる外壁の曲面は、意図して不規則にデザインされており、建物に隣り合うように流れるネルビオン川と彼方の山々との不思議なマッチングが壮観です。

また内部のアトリウムはゲーリー自身「The Flower」と名付けたように大きく開く花の芯部のように美術館の中心となっていて、そこからは、山々やビルバオ河口が臨めるようになっています。展示空間はニューヨークやヴェネツィアのグッゲンハイム美術館より大きく、19の展示室を有し、そのうち10室は長方形の形状ながら、石材の磨き方の違いで区別できるように、他9室は不規則な形状をしており、渦巻き状やチタニウムの板材の貼り方の違いでそれぞれの展示室の特徴を出しています。

また構造計算にハイエンド3次元CADシステムを用い最先端の技術を駆使して有機的曲線、無規則性を可能にしたことも特筆すべきでしょう。

建築物への称賛と批判

革新的建築物であったことで注目を集め、また「脱構築主義建築」に位置付けられた上で、20世紀の傑作として称賛の声が次々と上がりました。中でも「ザ・ニューヨーカー」において評論家のカルヴァン・トムキンスは「チタニウムの外套をまとい、うねるような形状の、幻想的な夢の船」と、外壁の有機的な存在感を表現し、賛辞を寄せました。

その他にも「ニューヨーク・タイムズ・マガジン」「インディペンデント」などがゲーリーの才気を称え、偉業と評しました。また「我々の時代で最高の建築物」との言葉を寄せたのが建築家(フィリップ・ジョンソン)だったことも、ゲーリーの設計したこの建築物がいかに影響力があったか想像させます。その反面、現地のバスク人芸術家たちはこの建築物が「バスク芸術の伝統を侮辱するもの」として抵抗をあらわにしました。

バスク人彫刻家、ホルヘ・オテイサは建設前から反対を表明、自身の作品を美術館に展示することを拒否し、全作品群をナバーラ州政府に寄贈するという激しい抵抗を表しました。また、バスク州議会与党(バスク民族主義党)党首がグッゲンハイム財団と契約を結んだこと自体にも抗議、告訴状を作成します。

さらにバスク人現代美術家のアグスティン・イバロラは「事前に地元の芸術家たちに相談がなされなかった」ことを批判しました。党側に親しい芸術家はこの美術館がバスク文化界に好影響をもたらすであろうことを主張もしましたが、オテイサに同調するバスク人芸術家は多かったのでした。それだけの衝撃と革新をこの建築物がこの地に与えたこともまた真実でしょう。

そして彼らの抵抗とは裏腹に、州政府の経済的な立て直しはこの美術館によって功を奏します。奇抜な建築物の誕生と最新の現代美術が、一度は衰退した工業地帯から、観光地としての経済発展へ導いたのです。

建築家フランク・ゲーリー

フランク・ゲーリーはアメリカ、ロサンゼルスを拠点としたカナダ出身の建築家です。そのゲーリー、「天才か奇人か」と言われるほどの感性と、一歩先を行く建築作品とが、同業者や建築マニア、さらに各界の著名人をも惹きつけてやみません。また惹きつける分「目立ちたいだけの建築」など酷評も生むのですが、ゲーリー本人はそれに対し記者会見の席上で中指を立てて「今の建築の98%は糞だ」と答えてしまうというやんちゃぶり。

会場はシーンと静まり、関係者は冷や汗ものだったでしょうけれど、エピソードとしては彼の人気に火をつける一件。いや、建築家として本気だからこそのエピソードです。

彼の代表作は「ビルバオ・グッゲンハイム美術館」の他にもプラハのヴルタヴァ川のほとりにある、まるで男女が抱き合って踊っているかのように見える「ダンシング・ハウス」スペインのぶどう畑にワイナリーホテルとして建てられた、ピンク、金、銀のカラーのチタンプレートの屋根が波打つような「マルケス・デ・リスカル」など、自然の中に突如現れた人工生物、宇宙基地的な存在感で、地から天からの視点を生み、建築の定義をくつがえしてくれる作品たちが揃っています。

展示されている現代美術

そうそうたる現代美術作家の作品が展示されていて、ファンにはたまらない、またそうでなくとも不思議な楽しさに包まれる内容です。今やビルバオの象徴ともなり、愛称パピーと呼ばれている巨大テリエ犬(ジェフ・クーンズ)や、蜘蛛シリーズ「ママン」(ルイーズ・ブルジョア)、その他リチャード・セラ、マーク・ロスコ、イブ・クライン、そしてグッゲンハイムの一部としてダニエル・ビュランの構造物など、現代アートに浸れます。

いかがでしょうか。建築物、アート共に楽しめるビルバオ・グッゲンハイム美術館。むしろ、フランク・ゲーリーの建物は彫刻作品のようだとの声もあるほどです。どこをどう切り取って撮影しても風景と、空と響き合う完璧な有機的構造に、ぜひ酔いしれてみてください。

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