異教のミクスチャー芸術としての建築・アヤソフィア博物館

アヤソフィア博物館は、現在はトルコのイスタンブールの人気の観光スポットですが、様々な試練をくぐり抜けて現在もその迫力の姿を見せてくれている歴史的建造物です。私が大好きなこのイスタンブールという街、、安泰になるまで過酷な歴史をくぐり抜けてきました。紀元前300年、ローマ皇帝コンスタンティヌス1世による支配下コンスタンティノープルと呼ばれる東ローマ帝国の首都でしたが、ラテン帝国による征服、再び東ローマ帝国による支配を越え、15世紀半ばにはオスマントルコの侵攻により陥落。ここでイスタンブールと改称されます。

ようやく現在の「トルコ共和国のイスタンブール」となったのは20世紀前半でした。その歴史と宗教の変遷を乗り越えて、見事なまでにすべてを芸術として内包した建築物が、現在のアヤソフィア博物館なのです。聖なる叡智(ハギア・ソフィア)と呼ばれ、イスタンブールの歴史地区の一部として世界遺産にも登録されたその雄大な建造物と微細な象嵌細工、そしてモザイク画。鑑賞するだけでも十分魅力の宝庫と言えますが、より深く味わうために、この建物が越えてきた歴史を探ってみましょう。

アヤソフィアの起源と二度の焼失

今から1700年近く前という途方も無い時を超えると起源にたどり着きます。350年ごろ東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルで、皇帝コンスタンティヌス2世の命で建設に着手し、10年の歳月を経て完成したのです。360年に古代キリスト教(アリウス派)により献堂されたのがそもそもの始まりでした。しかしその後、404年にまず宗教上の争乱が起こり焼失してしまいます。初代アヤソフィアは現在では位置が確認されているだけなのです。

すぐに二代目のアヤソフィアがテオドシウス2世によって再建され415年には新教会が献堂されるも、こちらも532年には市民の反乱(ニカの乱)の放火で焼失してしまうのです。二代目アヤソフィアは柱や梁などの遺構がわずかに残っているそうです。この失われた教会はメガリ・エクリシア(大教会)と呼ばれた非常に大きな建造物だったそうで、その後に再建する時もその威光を受け継いだ大聖堂建築となったのでしょう。

大聖堂が何度もくぐり抜けた試練

再建を指示したのは絶対的な権力を手中にしていたユスティニアヌス帝でした。莫大な費用をかけ、また世界中から技術者や作業員を集めて6年弱という期間で完成させ、献堂式を迎えました。新たな設計の大聖堂は、大型の石材製の柱で支えられた巨大なドームを有していました。長期的な安全性を考慮しての設計ではあったのですが、建築中に支柱が傾斜してきたり壁に亀裂が走ったりしたため、急遽ドームの重さに耐えうる補強壁を足すという苦肉の策が打たれたようです。

しかし完成後にドームの形が楕円形になっている不完全さに気づいた上に、地震によって多くの部分が崩れてしまいます。そのためドームを取り除いて内壁を補強し軽量の建築材を使って修復がなされました。その努力さえ1000年という時の流れには無力で、大きな崩落を何度となく繰り返したのでした。そのたびに修復を繰り返し、補強のための増改築をしてきた中でアヤソフィアは姿を変え、巨大になっていきます。そう、こうして大聖堂は1000年以上の時を超えたのです。

イスラムモスクへ、そして博物館へ

一時、13世紀にラテン帝国の支配下となってカトリックに変わり、大聖堂が放置された経緯はあったものの、再び東ローマ帝国の支配下になるとキリスト教会として礼拝され、長きに渡りキリスト教の教会としての役割を果たしてきたアヤソフィアでしたが、15世紀半ばに転機を迎えることになります。オスマントルコの侵攻です。

この際コンスタンティノープルは陥落し、イスタンブールという名へ。その時からイスラム教へ変わりました。陥落の後三日間コンスタンティノープルの街では略奪が許可され繰り広げられます。アヤソフィアも荒らされたのですが、スルタン・メフメット2世が略奪後の街に入った折にアヤソフィアを見て、その建築技術と芸術性に感銘し、聖堂からモスクへ改修する措置を取ったのです。その際、従来の文化にも理解を示したメフメット2世はキリスト教徒の自由を保証しました。

モスクに改修する際も十字架の撤去はあったものの、限られた改修だったのです。またキリスト教の宗教画、ビザンチン時代のモザイク画を漆喰で塗り隠したことは、結果的には保存に適した形になったのでした。その後も長い時の中で征服者たちの争いや自然による崩壊を経験しつつ、アヤソフィアは修復されながら生き延びます。

そしてついにトルコ共和国の時代になって博物館という新しい役割を得るのです。こうして宗教上の建物の役割を終え、イスラム教のカーペットや壁の漆喰が外され、芸術としての保護、修復がなされるようになりました。また建築の構造上の見直しと工事も、未来に残すために行われるようになったのです。

アヤソフィアの見どころ

第一の見どころは何と言っても大迫力のドームでしょう。そして悠久の時を越えた建築の美を肌で感じられることです。また漆喰を外されたビザンチン時代の黄金に輝く美しいモザイク画や、聖像破壊運動で顔の隠されたフレスコ画が、修復されて美しく現れた様子を見られることも魅力です。そして象嵌細工の細やかさを味わえるのは現地に行ってこそなのです。これらの芸術を鑑賞するにあたり、やはり歴史を知っておくとさらに感動が深まる、ということはもうおわかりでしょう。また、チャーミングな見どころとしては、看板娘ならぬ、看板猫さんがいること。オバマ大統領もこの猫さんに出迎えてもらったことで広く知られるようになりました。猫好きにはたまらない歓迎ですね。

観光のポイント

まず服装はやはりそれなりに肌を露わにしない服装で、ストールなどを持参する気遣いができると良いです。博物館ではありますがその国の文化に対する礼儀として心がけましょう。とても人気のある観光スポットなので訪れるのは朝がオススメ。見どころは探せば探すだけ現れるのでたっぷり時間をとって訪れたいものです。写真撮影も可なので、自分だけのアヤソフィアを写してみましょう。さあ、宗教も文化も時も超えて輝くアヤソフィアに会いに行きませんか。ぜひ歴史を肌で感じつつ壮大なドラマを内包した芸術的建築を堪能してください。

「異教のミクスチャー芸術としての建築・アヤソフィア博物館」への1件のフィードバック

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